|
龍ケ崎市馴馬町の「岡田たた美店」は、店舗兼作業場の建て替え工事の真っ最中。建築主は同店3代目の岡田延也さん(36)。「畳離れの時代で不安はあるが、もう後戻りできないから奮い立つ」。盛夏の落成を待つ若い職人の並々ならぬ熱意が、厳しい余寒を押し返す。
岡田たた美店は、龍ケ崎市の中心市街地北側、県立竜ケ崎一高が建つ白幡台地の真下にある。
プロ野球選手を夢見る少年時代を過ごし、家業を継ぐことはまるで念頭になかった。県立藤代紫水高校1年で選抜高校野球に出場。県大会で優勝したものの関東大会で惜敗し、甲子園の土は踏めなかった。
「自分の限界を知り、プロ入りはあきらめた」と延也さん。そして、兄2人が「(畳店は)しないから」と断言したことで、3代目を継ぐ決意を固めたという。
高校卒業後、茨城県畳高等職業訓練校の指導員だった祖父(故人)と父のもとで修行が始まった。「血がつながっていても『仕事は他人』で、祖父に手縫いで仕上げた畳縁を黙ってはがされ、父には畳にザクッと包丁を入れられた」と話す。「球拾いのときのように、なにくそ、いつかは、と思った」とも。
25歳で結婚。市内に部屋を借りて3児の父親になった。一級技能士を取得した5年前から、両親が元気なうちに店を建て替え、2階を自分たちの住居にしようと構想を温めた。「ローン返済に追われる不安はあるが、畳職人の気骨を形にしたい」。また「子どものころ、店の裏手の母屋から働く父が見えた。おれも息子2人に職人の背中を見せたい」。 |
生活の様式化が進む今、畳離れに特効薬はない。だからこそ防虫や坊カビ処理に努め、高齢者自宅では家具移動の手伝いをする。
秋から師走にかけての最盛期を除き、空いた時間は技術に磨きをかける。その一例が円形と六角形の畳で、畳に対する固定観念をくつがえされる。
新たな販路の拡大に迫られ、友人の手ほどきでホームページ制作に着手。開設間近だという。
「新装で心機一転。快適な住空間を保つ畳の良さを伝えたい」という延也さん。規則正しい畳の目のように、たゆまず営業と畳製造を続けていく決意だ。
|
|
|
「機械縫いが一般的だが、段差などの調整は手作業」と手縫いをする岡田延也さん(作業場に早変わりした倉庫で)(上)。創意工夫された形の畳は技術の奥深さを物語る。 |
|
|
※この記事は「よみうりタウンねっと/チャレンジする若者たち」より抜粋しております。
読売新聞
発行:よみうり県南ニュース 製作:読売茨城タウンニュース社
|
|